宝来文庫愛用のご飯茶わんとお箸です。
岩手の名産、浄法寺塗の漆器ですね。

(名誉のために解説しますが、おかずがない訳ではありません)
じつはこの漆器、先週、我が家に帰ってきたばかりです。
しばらく修理に出していたのですよ。

去年の3月11日。例の地震のとき、宝来文庫の食器類はかなりの数が壊れてしまいました。
食器棚の扉が開いて、器が落下したのです。
しかも悔しいことに、ほとんど使っていない、どうでもよい食器(景品でもらったのとか)ばかり生き残って、お気に入りだったものから「優先的」に割れて下さいました。

で、思ったのですが、瀬戸物や陶器は弱いですね。
その点、木の器は軽いというのもあって、生き残り率、高かったです。
中でも宝来文庫がとても大事にしているこのご飯茶わんは、何か所かチップが入ったのと、若干うるしがかすれた以外は大丈夫でした。

(浄法寺塗。写真で見るとそう感じませんが、手に取れば本物感がびしばし伝わります)
この飯椀を買ったのは2010年の夏。それまでも漆器に興味はありましたが、うるしといえば、どうしても輪島塗が頭にあり、装飾の美しさばかりに目がいっていました。
そんな中、たまたま新宿小田急百貨店「全国職人展」でこの飯椀を見たときはガーンとショックを受けたものです。
なんたるシンプル。余計な装飾なし。用の美に徹した、まさに「ザ・器」。
手に取れば軽く、持っていることが気になりません。
これに白米をもったら、白米が最高に美しく見えるだろうな…
出店していたのは岩手の文秀堂というお店でした。店番はご高齢の女性がされていて、宝来文庫が手にしている器は、国産漆だけを使ったものだと説明してくれました。
近頃は安い中国漆が多用(国内シェア95%と聞いたことがあります。本当!?)されており、漆塗りといっても国産漆ではなかったり、仕上げにだけ国産漆を使ったりということが多いようです。その点、下塗りから全部国産漆ということなら愛着もわきます。なにしろ、漆器は英語で「JAPAN」というのです。このカテゴリーくらいは純国産のものを使いたいですよね。
ちなみに浄法寺塗とは、岩手県二戸市浄法寺町地区を中心に生産される漆器です。八世紀前半に天台寺の僧が自家用に作ったのが始まりだとか。
なるほど、お坊さんが使う漆器なのであれば、シンプルなのも当然です。日々の「食」という行為の本質を見据える意味でも、浄法寺塗は最適のアイテムなのかもしれません。
浄法寺塗は八幡平市や盛岡市などで盛んで、有名店といわれる店も多いみたいです。宝来文庫が買った文秀堂さんは奥州市のお店。浄法寺塗よりは藤原氏の栄華を伝える秀衡塗の方が本領なのでしょうが、モノとの出会いは一期一会。宝来文庫が文秀堂さんの浄法寺塗と出会ったということは縁があったということです。迷わず文秀堂さんの器を買いました。
実際、使ってみて…
良いです。すごく良いです。これぞ器。毎日当たり前でとくに感慨もなかった「お米を食べる」ことが楽しみになります。
で…
そんなですから、震災による浄法寺漆器の一部欠損はとても悲しく、2011年の7月、再び小田急に出店されていたあの女性のもとに行ってきました。やはり震災から4カ月しかたっていなかったせいで、かなりお疲れのようでした。事情を言って修理を依頼したのですが、まだまだ東京でも買物自粛というか、ちょっと暗いムードが残っていましたから、催事場にはお客もあまり入っていません。
そういえば、募金とかしてないしな…
考えた末、漆器の留守中用にもうひとつお椀を買わせてもらいました。

(こちらは豪華な秀衡塗です)
それで先週、ようやく帰ってきた訳ですよ、修理アップしたお椀。欠けた部分もきれいに直されています。
そして、今年もまた7月になりました。小田急に文秀堂さんがこられるようなので催事場に出向き、去年よりだいぶ元気になられた様子の女性にお礼を言いました。そのまま帰ろうかと思ったのですが、ここまで来ると今年も何か買っていこうと思ってしまいます。

浄法寺塗でも秀衡塗でもない、別シリーズ「桑の木」。
古来、桑の木の器を使うと長寿につながるという言い伝えがあるらしいです。
これは岩手の風雪に耐えて成長した桑の木を極寒期に伐採し、数年間乾燥させた上で山うるしで仕上げたコーヒーカップ。
何となく童話絵本に出てくるカップのような模様が愛らしいですね。

和風というだけでなく、欧風にも見えるのが良いです。

(また何か買ってきた…)
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