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2016-10-16(Sun)

弁天さまと御朱印巡り 第6回「厳嶋神社(抜け弁天)」(東京都)

東京都新宿区。
表通りから少し離れた余丁町の一角に、厳嶋神社(通称・抜け弁天)はあります。

普通、「厳嶋神社」と聞いてまず思い浮かべるのは、広島県(安芸の宮島)でしょう。こちらもそこから勧請されたものです。





かつて神仏習合の時代に、ご祭神市杵島姫命が弁才天と習合されていたために、神仏分離令以後の現在においても、厳嶋神社=弁才天のイメージが強いという話は前にも書きました。本家である安芸の厳嶋神社では、さすがに弁才天を看板にはしていませんが、ここ、新宿ではまだ習合時代の名残を残したままのようです。

ちなみに、この地に厳島神社がある理由ですが……
かつて源義家が後三年の役で奥州平定に向かう途中、ここで野営し、当時はよく見えた富士山と、さらにその先の安芸の厳島神社に戦勝祈願をしたそうです。そして奥州平定後、義家はここに神社を建てたのだとか。
弁天さまは、昔、戦勝の女神として武将たちに人気があったようですから、これもその一つのようですね。




ちなみに、この神社の通称である「抜け弁天」ですが、参道の入り口が南北にあって、いわば、まあ通り抜けが出来ることからなのですが、それ以外にも苦難を「抜け切れる」との意味もあるようです。
いつ頃から「抜け弁天」と呼ばれているのでしょうか?
安政4年の記録には、すでに「別当二尊院 抜弁天」の記載があると神社の由来書きには書かれています。
あと余談ですが、日本史の授業でお馴染み、徳川綱吉の「生類憐みの令」で保護されたお犬様たちの小屋(敷地面積約二万五千坪! もう小屋じゃないじゃん!)もこの付近にあったようですね。




現在の抜け弁天は1945年の東京大空襲の時に消失した後、1960年に再建された比較的新しいものです。
だからと云う訳ではありませんが、社は小さいながらも美しくて、凛としています。
大きかったり、装飾が凝っているだけが良い訳ではありません。小さくとも、この佇まいにはとても清らかなものを感じました。




そばにある池も水が綺麗で、鯉が元気に泳いでいます。
きっと土地の人たちに大切にされ、常に身辺を整えてもらえているのでしょう。




ちなみに、御朱印は正月の1~7日以外は、この西向天神社の社務所で授与されています。




今日の弁才天巡礼は、新宿区の厳島神社。
都会の一角にたたずむ、小さくとも凛とした、弁天さまの社です。



ところで、中世においては、弁天さまに調伏を祈願した武将が多かったことはよく知られています。(「戦勝の神」の呼び名の所以)
ただ、神の性格とはつまるところ、その時代時代の人間たちの願いそのもの。
今、日本は平和です。こういう時代だからこそ、民の賢さと、心の高潔さが問われている気がします。

宝来文庫は、弁天さまには正しく知恵、言葉、才能の神であり続けて欲しいと願っています。

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宝来

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大和かたるの同居猫
年齢 9歳
性格 へたれ、人見知り
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