2017-01-21(Sat)

弁天さまと御朱印巡り 第11回「青龍妙音弁財天」(京都府)

第1回文学フリマ京都に参加するため、約17年ぶりの京都旅行です。



何より拙著「東京弁天」を頒布する訳ですから、まずはこの地の弁天さまへのご挨拶は欠かせません。



京都にも有名な弁天さまは幾つかありますが……



宝来文庫が訪れたのは、鴨川デルタを臨む、出町枡形商店街の近くに住んでおられる弁天さま。
清水寺や金閣寺と違い、ガイドブックには載っていない、〈地元〉のお寺さんです。
ところで、出町枡形商店街の近くと云えば、「ん? 聞き覚えのある地名」と思う方もおられるかもしれませんね。
そうです。京都アニメーションのTVアニメ「たまこまーけっと」のモデルになった所です。
じつは、宝来文庫は「東京弁天」のアヤメさまシリーズの執筆初期、まだ頭の中でビジュアル・イメージが定まっていなかったアヤメさまを、「たまこまーけっと」のヒロインたまこの絵柄で仮置きして執筆を進めました(ちょうど、たまこも中学生の女の子という設定だったので)。



「アヤメさま、宝船に乗る」の初稿完成が平成25年の1月。「たまこまーけっと」の放送が25年1~3月ですから、正式に絵師さんに依頼してアヤメさまのビジュアルをフィックスさせる5月までの間、とりあえず、アヤメさまはたまこの顔とスタイルをイメージしていたのです。
まあ、そんなご縁もあって、京都に来たらこの出町の弁天さまには「お世話になりました」とお礼を云わなくては…… と考えていたところでした。



青龍妙音弁財天です。
お寺さんですが、なぜか鳥居が……

ご本尊は、鎌倉後期に西園寺安寧子が後伏見天皇に嫁ぐ際に念持仏として持参した「青龍妙音弁財天」(絹本着色絵)を本尊としているそうです。面白いことに、このお寺の境内には豊川稲荷があり、荼枳尼天さまも祀られています。
弁天さまと荼枳尼天さまの混合というのは、たしかに歴史上あったようですが、その場合の弁天さまは宇賀弁才天というイメージがあります。いわゆる琵琶持ちの妙音弁財天さまと荼枳尼天さまというのは面白い組み合わせだと思いました。
(この辺については興味のあるところですが、資料を持ち合わせておりません。何かご存知の方がおられたら、ぜひ、情報をお寄せ下さい)



本堂のうしろには六角堂というのがあります。
ここは時計まわりに齢の数だけ回ってお参りすると願いが叶うということですが、齢の数……
若い頃ならともかく…… ねえ(笑)
寺務所でお話を伺うと、別に齢の数でなくても21回と半回転でいい。それが正式だということなので、21回と半分回ってお参りしました。
弁天さまの御利益がいただけますように。



本堂の周りには、白蛇の絵がいっぱい。
で、お参りを終えて御朱印を頂く際、置いてあったおみくじに目が止まりました。
京都で一番キツイおみくじと書かれています。
どういうことですか、と質問すると、とにかく「凶」がよく出るのだ、とのこと。いつだったか受験生が最後の神頼みに来たらしいのですが、4回引いて4回とも「凶」。みるみる悲壮な顔になる彼に、さすがにお寺の方も心配になって、おみくじを調べてもらったそうです。
すると、「凶」の割合は30%。まあ、約3分の1は「凶」のようですが、その割合以上に「凶」ばかり出るのだとか。
宝来文庫も挑戦してみることにしました。
なーに、他の人も「凶」なら、自分が「凶」でもそんなにダメージ、大きくないですからね。
結果、家人がお約束の「凶」をひき、宝来文庫は「大吉」でした。
お寺の方は家人に「すぐに枝にくくって、流してしまって」と云い、「私も?」と訊くと、「あなたは、そのおみくじをずっと大事に持っているといいでしょう」とのことでした。




寺務所で授与されていた「青龍妙音弁財天」の御姿カードを買いました。すぐに、宝来文庫がいつも持ち歩いている〈各地の弁天さま〉お守り入れに収めます。



本日の弁才天巡礼の旅は「青龍妙音弁財天」。
自分の創作活動にご縁のあった、京都の弁天さまです。
それもあっての「大吉」でしょうか?



ところで出町と云えば、この和菓子屋さんが有名ですよね。
前述の「たまこまーけっと」でも、このお店がヒロインの家として登場しました。



「名代 豆餅」を鴨川のほとりで頂きました。
とても美味です。





(おまけ)

さて、おまけです。
本命の出町弁天さまをお参りした後、いわゆる観光エリアに入りました。

三十三間堂にも、弁天さまがおられます。
しかも国宝です。
写真撮影できないので、パンフレットの写真です。



次は六波羅蜜寺。
ここには銭洗弁天さまと金色のインド風弁天(この方は弁天さまというよりサラスヴァティですよね?)が祀られています。
御朱印、頂けました。




六波羅蜜寺の近くに、こんなお店を見つけました。
「幽霊子育飴」。
あれ、このお話、知ってる。
この世に置いていった赤子のため、夜な夜な飴を買いに来る母親幽霊の切ないお話……
じつは、ここが元祖だったんですよね。



ひとつ、お土産に。
お店のビラも頂きました。



夜の祇園です。



舞妓さんが小物なんかを選びにくる創業百五十年の老舗「井澤屋」。
ここで買った財布です。たぶん、製造元は浅草の文庫屋大関ですね。
京都に来て東京産のおみやげというのもアレですが、中には、井澤屋の「百万両小判」が入っていました。



八坂神社です。




宗像三女神。
美の女神として祀られています。



弁天さまマニアとしては、ここまでを「弁天」カテゴリーに入れてしまっていいものか、迷うところです。
宝来文庫の基準は、神仏分離が完璧でなくて、イチキシマヒメと弁才天の両方の名で祀られている場合のみ、「セーフ!」(例:神戸生田神社、東京愛宕神社ほか)ということで……
八坂神社は守備範囲外と判定しました。



あと、細々と買ったおみやげ。
やはり、ありましたね。海洋堂のご当地ガチャ。
二回引いたら、清水寺と京都タワー、出ました。
あと、舞妓さん欲しい。



お香。
最近、執筆中によくお香をたいているので。



左の手ぬぐい、面白いでしょう?
新幹線で移動する舞妓さんたちの図柄、「おかえりやす」。京都駅限定です。




さて、遊んでばかりもいられません。
いよいよ明日は第1回文学フリマ京都です!



2017-01-01(Sun)

弁天さまと御朱印巡り 第10回「了法寺」(東京都)

2017年元旦。
宝来文庫は「あずさ」に乗って、八王子までやってきました。




「弁天さまと御朱印巡り」の第10回記念。
本日は、弁才天を祀るお寺としてはひときわ異彩を放つ、通称「萌え寺」。日蓮宗の松栄山了法寺です。
さて、このお寺がどんな感じかというと…… 
山門を入ってすぐのところに……




「萌え看板」です。
アニメチックな女の子の絵とともに、境内の案内が書かれています。
いったい、どうしたことでしょうか。



お寺のHPによると、この看板は2009年5月の設置だそうです。
「お寺のことを皆に知ってもらうため、アニメ風の看板を作ってみてはどうか」
そんな提案が寄せられ、住職は悩んだ末に、家族や宗派の人に相談。
「誰か止めてくれ」と期待したにも拘わらず誰も反対せず、最後に神にお伺いを、とおみくじを引いたところ、大吉が出てしまったため実現したのだとか。

イラストは歌手・声優・イラストレーターの「とろ美」さん。
じつは以前、宝来文庫は、このお寺の噂をきいて「弁天マニアとしては絶対お参りすべし!」と意気込んだのですが、八王子はなにげに遠く、コミケ(2011年)にブースを出しておられた「とろ美」さんからお寺のグッズを買い、サインを入れてもらったことで納得してしまいました。




それきり、了法寺のことは記憶の片隅に押しやられていたのですが、たまたま本日(2017年元旦)。今年の初詣を何処にするか決めないままに新年の朝を迎えたところ、ツイッターのTLに了法寺さんから「八王子七福神」の告知ツイートが……
これは、参拝に来いということでしょう。
というわけで、慌ただしく外出準備を始めたのです。

で、了法寺に到着し、境内へ。
おお、痛車が乗りつけて、物販やってます。





ちなみに、八王子七福神の弁天さまは、新護弁財天さまといいます。
「弁舌才知・学業成就の福徳と共に了法寺の新護弁財天は子育て縁結びの功徳も授ける。」(お寺のHPより)とあり、子育て、縁結びというあたり、ちょっと他の弁天さまとは違ったご利益があるようです。
お厨子に源頼朝像もいっしょに祀られているのですが、これは江の島神社の由来に基づくものでしょうか。

この新護弁天さま、2012年にお直しをされたものだそうですが、とても穏やかで良いお顔です。
ぜひ、参拝をオススメします。

さて、寺務所で弁天像を授与しているということなので、御朱印をもらった際に、「弁天像をいただけますか?」と訊いたところ、正月期間中は、そちらの物販でお願いします、と痛車に行くように言われました。

お迎えしましたよ、弁天さま。
宝来文庫の弁天コレクションの中でも、別格に目立ちます。




おみくじカンバッヂのガシャポンがありました。
2回ひいたら、「シークレット」の白蛇さまと、「大吉」の龍神さまが出ました。
大吉なのに弁天さまじゃないのは、弁天さまが「超吉」だからです。




弁才天をより多くの人に知ってもらうため、萌え手段を使う。
私(大和かたる)も、草の根ながら弁天さまのファンタジー小説を書いて頒布している人間ですので、ぜひとも成功してもらいたいと思っています。




本日の弁才天巡礼は、東京都は八王子、了法寺の新護弁財天。
優しいお顔の、縁結びにもご利益のある素敵な弁天さまです。






(おまけ)

今回の弁才天巡礼は、お正月の七福神巡りの一環として参拝させていただきました。
ちなみに、八王子七福神巡りは各お寺さまとも対応が親切で、オススメのコースです。
色紙は毎年違う色で、七年つづけてお参りすると、金色の色紙が頂けるようですよ。
ちなみに、今年のカラーは「青」でした。




弁天さま以外で、記憶に残ったのは……

本立寺(毘沙門天)の池にいた、青と白の美しい鯉。




信松院(布袋尊)の布袋堂。
地下にあるのですよ。それに売店と甘酒屋が同じ部屋にあるのです。
なんか大阪っぽくて面白い。




こちらの布袋さん、とてもいいです。




「おん にこにこ 腹立てまいぞ ソワカ」
最近、仕事でもプライベートでもイライラすることが多いので、ぜひ、心に刻んでおきたいと思いました。




あと、八王子七福神は、コースに八柱目「吉祥天女」が入ってます。
弁天さまと吉祥天さま。ダブル女神はお得ですね。
寺務所に吉祥天さまの神像(フィギュア?)があって、「在庫限り」と書いてあったりします。




境内から、こんな景色も臨めます。



2016-12-04(Sun)

弁天さまと御朱印巡り 第9回「井之頭弁財天」(東京都)

井之頭弁天さまにお参りをするのは初めてではありません。
若い頃からを含めれば、5回くらいは手を合わせていると思います。
井之頭公園の弁天さまと云えば、東京の弁天さまの中では、3本の指に入るくらいに有名ですからね。

ただ、宝来文庫はどうも吉祥寺という土地に縁がないようです。
芸術家や、その卵が多く住むという吉祥寺。私のようなタイプの人間ならまっさきに「住みたい!」と言い出しそうなのにね、と何度か言われたこともあります。でも、そう思ったことはあまり無いのですよ。
そんなだからか、井之頭弁天さまをお参りしても反応を頂けないのだと思っていました。
ただ、ここに来て、いきなり「ちゃんとお参りしよう!」と奮起したのには訳があるのです。  

というわけで、本日の弁才天巡礼は、吉祥寺は井之頭公園の弁天さまです。




過去にお参りした時、境内にある宇賀神の石造を見て、「ああ、ここは宇賀神=弁天さま」のお寺か、と思ったことを憶えています。きっとご本尊そのものが宇賀神さまで、それを弁財天と呼んでいるのだろう、と。
ただ、不勉強というのは恥ずかしいもので、もちろん、ここにも八本腕の宇賀弁才天さまはおられ、秘仏として12年に一度、巳年の4月にご開帳になるのだそうです。
前の巳年は2013年ですから、次は2025年……
いくつになってるんだ、宝来文庫!!

2013年といえば、もう東京弁天を書いている頃ですから、それでこの情報を追わなかったなど不届き千番です。
弁天研究に一番熱心に取り組んでいた時期、御開帳のニュースを捕まえ損なっていたのはどうしてでしょうか。




ところで、井之頭弁天さまと言えば、カップルでボートに乗ったら別れる等の都市伝説が有名なほか、東京随一のパワースポットとしてスピリチュアル系の人たちにも人気です。
ちょっと気になって、そちら寄りのブログ記事など読んでおりましたら、こんな記事を見つけました。
あくまで書いた方の主張ですが、井之頭弁天さまは池全体を御神体として存在し、よくお堂を出発点に池を巡回して、またお堂に戻っていかれる。分かる人にはそれが分かるのだとか。それと、気位の高い女神さまなので、二社参り(他寺社とのかけもち、あるいは「ついで参拝」)には冷たくて、お参りの日には、それだけを目的に誠心誠意参拝しないとお願いごとを聞いてくれないのだそうです。

あの大きな池を日々巡回している女神の姿を想像したら、胸がときめいてしまいます。
ああ、参拝したかったな、御開帳……
ネットで検索すれば、2013年の御開帳の時の様子があちこちで紹介されています。

12年に一度しかお顔をお見せ下さらない女神さま。
どうやら「色白で」「とても綺麗な」弁天さまなのだそうです。
こうなってくると、もういてもたってもいられません。

それで本日、朝から身綺麗にして、もう弁天さまをお参りするためだけに気を引き締めて電車に乗ったのです。




井之頭公園は終盤を迎えた紅葉に染まっていました。
風はやや冷たく、凛とした静けさ。
まずは池に向かって一礼し、それから本堂へ。
午後2時からお坊さんがお経があげられるそうなので、それにも参加しようと思っていたのですが、社務所では「本日は不在なんです」とのこと。
ああ、やっぱり縁がないのかな。でも、今までと違って、何だかこちらを少しだけ振り向いてもらえた感……
お坊さんが不在でも、女神さまはご在宅だったのだと思います。




本日の弁才天巡礼は、吉祥寺は井之頭公園の弁天さま。
色白で美しい姿だという、気位の高い女神さまです。




境内には、銭洗い弁天もありまして、鎌倉と同様、ここでお金を洗うと増える御利益があるのだとか。
別にお金が欲しい訳ではありません。
ただ、ご縁を結んでもらいたい一心で、勝守に水をかけさせてもらい、持ち帰りました。



2025年のご開帳、楽しみに待つつもりです。




(オマケ1)
お昼ご飯は、ハモニカ横丁のカレー屋さん「PIWANG」さんで二種盛りカレー。
左がカキカレー、右がチキンカレーです。
美味しゅうございました。



(オマケ2)
同じくハモニカ横丁の猫雑貨店「マルルゾロ」。


そこで面白い猫の張り子を見つけました。


稲作に精をだす猫さんです。
こういう柄、猫雑貨には珍しいですよね。
日本オリジナルの弁天さま、宇賀弁財天は農耕の神さま宇賀神との習合スタイルです。
今回の参拝のお土産としては最適ではないでしょうか。

2016-10-16(Sun)

弁天さまと御朱印巡り 第6回「厳嶋神社(抜け弁天)」(東京都)

東京都新宿区。
表通りから少し離れた余丁町の一角に、厳嶋神社(通称・抜け弁天)はあります。

普通、「厳嶋神社」と聞いてまず思い浮かべるのは、広島県(安芸の宮島)でしょう。こちらもそこから勧請されたものです。





かつて神仏習合の時代に、ご祭神市杵島姫命が弁才天と習合されていたために、神仏分離令以後の現在においても、厳嶋神社=弁才天のイメージが強いという話は前にも書きました。本家である安芸の厳嶋神社では、さすがに弁才天を看板にはしていませんが、ここ、新宿ではまだ習合時代の名残を残したままのようです。

ちなみに、この地に厳島神社がある理由ですが……
かつて源義家が後三年の役で奥州平定に向かう途中、ここで野営し、当時はよく見えた富士山と、さらにその先の安芸の厳島神社に戦勝祈願をしたそうです。そして奥州平定後、義家はここに神社を建てたのだとか。
弁天さまは、昔、戦勝の女神として武将たちに人気があったようですから、これもその一つのようですね。




ちなみに、この神社の通称である「抜け弁天」ですが、参道の入り口が南北にあって、いわば、まあ通り抜けが出来ることからなのですが、それ以外にも苦難を「抜け切れる」との意味もあるようです。
いつ頃から「抜け弁天」と呼ばれているのでしょうか?
安政4年の記録には、すでに「別当二尊院 抜弁天」の記載があると神社の由来書きには書かれています。
あと余談ですが、日本史の授業でお馴染み、徳川綱吉の「生類憐みの令」で保護されたお犬様たちの小屋(敷地面積約二万五千坪! もう小屋じゃないじゃん!)もこの付近にあったようですね。




現在の抜け弁天は1945年の東京大空襲の時に消失した後、1960年に再建された比較的新しいものです。
だからと云う訳ではありませんが、社は小さいながらも美しくて、凛としています。
大きかったり、装飾が凝っているだけが良い訳ではありません。小さくとも、この佇まいにはとても清らかなものを感じました。




そばにある池も水が綺麗で、鯉が元気に泳いでいます。
きっと土地の人たちに大切にされ、常に身辺を整えてもらえているのでしょう。




ちなみに、御朱印は正月の1~7日以外は、この西向天神社の社務所で授与されています。




今日の弁才天巡礼は、新宿区の厳島神社。
都会の一角にたたずむ、小さくとも凛とした、弁天さまの社です。



ところで、中世においては、弁天さまに調伏を祈願した武将が多かったことはよく知られています。(「戦勝の神」の呼び名の所以)
ただ、神の性格とはつまるところ、その時代時代の人間たちの願いそのもの。
今、日本は平和です。こういう時代だからこそ、民の賢さと、心の高潔さが問われている気がします。

宝来文庫は、弁天さまには正しく知恵、言葉、才能の神であり続けて欲しいと願っています。

2016-09-17(Sat)

弁天さまと御朱印巡り 第8回「瀧安寺」(大阪府)

宝来文庫のイベント初遠征、第4回文学フリマ大阪に先立ち、一日前に大阪入りしました。
もちろん、観光も楽しみたいのですが、やはり、ここはその地の弁天さまにご挨拶というお約束は守らなければなりません。

関西の弁天さまには明るくないので、七福神巡りコースから弁天さまを探します。
「大阪七福神」、「西国七福神」等があるようなので、「西国七福神」から、箕面の瀧安寺をお参りすることにしました。

阪急電車です。
この上品なマルーン・カラー。いいですね。
マイ・ベスト電車ですよ。




箕面駅から一歩踏み出すと、いい感じの観光地ムード……
箕面と云えば紅葉。
あちらこちらに「紅葉天ぷら」のお店があります。




駅から瀧安寺まで、15分ほどかかりますが、自然の中を歩く時間は都会の散策とは違った愉しさがありますね。




瀧安寺は修験宗のお寺で、宝くじ発祥の地としても有名です。
658年、役小角が箕面の滝に弁才天の像を安置したことに始まり、山岳霊場として栄えてきました。

現在の瀧安寺には、弁天さまのほかに如意輪観音も祀られていて、「如意輪観音さまがご本尊?」と思ってしまいますが、ここのご本尊は、昔から弁天さまです。

修験道の弁天さまというのも珍しいですよね。

階段をのぼって……




ここからが弁天堂です。
ご本尊は60年に一回だけ御開帳されるのだとか。
(前の御開帳は平成元年)




境内には妙音弁才天の像もありました。
弁天さまは大きく二つの系統に分かれていて、宇賀弁才天(八本腕の弁天さまで頭に宇賀神をのせています)と、この妙音弁才天(琵琶を持っています)。お寺でよく見かけるのは前者、イラストなんかで世間一般に認知されている弁天さまは後者ですね。




翌日に大阪で「東京弁天」を頒布させてもらうので、ご挨拶のお参り。
でも、60年に一度しか開かれない扉の向こうからは、弁天さまの息吹は感じられません。おそらく、一見さんの私などと、まだご縁を結んでいただけないのでしょう。


お寺を後にして、山を登ります。
この先、さらに20分ほど行くと、今の地に祀られる前、最初に弁天さまが安置されたという「箕面の滝」があります。




日ごろの運動不足のせいで、ぜいぜい云いながら山道を行きました。
そして、ポツポツと彼岸花が咲いているのが目に入った頃……




向こうに、ようやく滝が見えてきました。




高さ約33メートル、幅約5メートル。日本の滝100選にも入っている名勝です。




滝のそばの岩に腰をかけますと、霧のような水しぶきが全身にあたり、気持ちが好いです。
何というのでしょうか…… 
水の精に囲まれているような、不思議な感覚。
1400年も前、ここに弁天さまは祀られていたのですね。




涼しい、と一言に云っても、クーラーに当たっているような涼しさとは全く違います。
目を閉じて、耳を澄ませば、この土地の一部になったような感覚に浸れます。
都会の喧騒で疲れた体が、すうっと軽くなりました。
まだここに、弁天さまはおられるのではないでしょうか?




今日の弁才天巡礼の旅は、大阪は箕面の弁天さま。
滝の下に住まう、正しく水辺の女神さまです。





帰り道、「箕面焼」というお店に入ってみました。
ちょっとビックリ。
陳列された器が真っ赤です。

どうやら、紅葉を写し取った陶器のようですね。
記念に買って帰りました。





他に、こんなお土産たちも……
次は、ぜひ紅葉のシーズンに訪れたいものです。





プロフィール

宝来

Author:宝来
大和かたるの同居猫
年齢 10歳
性格 へたれ、人見知り
職業 宝来文庫の看板息子

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