2017-02-19(Sun)

弁天さまと御朱印巡り 第13回「江島杉山神社」(東京都)

杉山和一(1610~1694)という人物をご存知でしょうか。
江戸時代初期に活躍した鍼灸界の巨人にして、現在の施術法の主流である「管鍼術」の発明者。
盲人が書いた物としては世界最古の医学書である「杉山流三部書」の著者でもあります。

本日の弁才天巡礼は、弁才天とともに杉山和一を祀る、江島杉山神社をご紹介します。



弁才天と鍼灸医?
少し意外に思う方もおられるかもしれません。
江戸時代には、弁才天は盲人の守護神として崇められていたこともあるようですが、宝来文庫自身、その事実を初めて知りました。
この神社に参拝したかった理由は二つです。
1 東京に江の島弁才天を勧請した神社であること
2 弁財天とともに祀られている杉山和一という人物が、生涯、弁才天を崇め、信仰しつづけた人物であること

杉山和一は武士の家に生まれ、侍としての生涯を送るはずでした。しかし、十歳の頃に天然痘にかかり、一命はとりとめたものの、全盲になってしまいます。
目が見えなくては武士にはなれません。和一は誰にも迷惑をかけず一人で生きていけるよう、刀を捨てて鍼灸の世界に身を投じます。しかし、五年がたっても芽は出ず、弟子入りしていた師匠からも暇を出された彼は、当時、盲人の守護神とされていた江の島弁才天に縋ろうと旅に出ます。


今のように電車がある訳ではありません。目の見えない者が江戸から江の島まで一人で歩くのは容易ではなかったはずです。それでも何とか辿り着き、彼は弁天岩屋で断食修業をしました。しかし何ら得るものはなく、フラフラになって洞窟から出たとき、つまずいて地面に手をつきました。そのとき、偶然手に刺さったのが、丸まった落ち葉にくるまれた松の針葉。
和一はこれを弁才天の天啓と考え、その形状から「管鍼術」を発想したのです。

その後の和一は徳川綱吉の主治医となるまでに出世し、将軍の信頼も厚く、五百坪の敷地まで与えられました。
だからと云って偉ぶるでもなく、生涯謙虚に鍼灸の研究に邁進し、月に一度の江の島参りも欠かせませんでした。

そして今、和一の墓は江の島神社の中にあります。


さて、今回の江島杉山神社ですが、両国から歩いて十分ほどの所にあります。
ここは、高齢になっても江の島参りをやめない和一に、将軍綱吉が江の島弁才天を勧請した場所。つまり、東京にいて江の島神社参拝が出来るのです。



境内には江の島を模した弁天岩屋もあり、中ではイチキシマヒメ(弁才天)、宇賀神、それに杉山和一が祀られています。
社務所で授与される白蛇をもって岩屋に入り、願いをこめてそれを納めることも出来ます。
宝来文庫もイチキシマヒメ(弁才天)に白蛇を納めました。



こちらは琵琶をもつ、本来の妙音スタイルの弁天さま。
銭洗い水と、やはり社務所で授与される美玉石を洗うための水が出ています。



勾玉の形をした美玉石を洗います。あとは付属のミニ巾着に入れて、いつも持ち歩くだけ。
和一が技術以上に「心の在り方」に厳しい人であったため、この石を身に着けて心がけるべきは、心が「清廉」であることです。



弁天池。
鯉がいるのですが、とてもシャイな鯉で、橋の下からなかなか出てこようとしません。



ところで……
この神社、「一つ目弁天」と呼ばれています。
一つ目弁天??
何だか妖怪っぽいものを想像してしまいますが、なぜ「一つ目弁天」なのでしょうか。
これは、綱吉が高齢の和一のこれまでの功績を讃え、黄金の弁天像を与えるとともに、「何でもよいから一番欲しいものを云ってみよ」と訊いた時、「ただひとつ、目が欲しいです」と答えたことによるのだそうです。

70年以上を光のない世界で暮らしてきたその心境を考えるに、何とも云えない気持ちになります。

本日の弁才天巡礼は、両国にある「一つ目弁天」こと江島杉山神社。
生涯を鍼灸と、弁才天に捧げた男の生きた証です。

実際、いろいろ弁天巡礼をしてきた中て、この神社で得た印象は特別でした。
いつもは神の聖域におごそかに…… のはずが、もっと人間臭い、「生」の苦悩と喜びを感じのです。

もっとも弁才天に寵愛された男。
そして、今も弁天さまの側で眠る男……

とても幸せなことだと思います。



(おまけ)

江島杉山神社は授与品も豊富です。



このクリスタル御姿など、大迫力!
(さっそく下から光を当ててみました)

2017-02-06(Mon)

大和かたる最新刊「青い袖」

宝来文庫・大和かたるの最新刊「青い袖」をご紹介します。

私の主宰する不思議話愛好会「谷中ミストの会」では、1~2か月に一度集まっては、会員間で自分の身近に起こった怪異の披露をしております。その成果は、年に一度、「ミスコレ!」という機関誌にまとめているのですが、今回は、そのスペシャル版、いえ、変則球とでも云うべき本になります。
つまり、いつものように「体験談」として書くのでなく、それをネタに一本の「創作小説」を完成させたのです。

青い袖縮小表紙

ことの始まりは去年の10月。
例会の途中で、会場内に青い袖の少女がいると云いだす会員がいまして、まあ、そういう事はたまにあるのですけど、それが崇高なくらい愛らしくて、私(大和かたる)にじっと寄り添っていたと云うので、現実世界では有り得ない、この不思議な場面を作品化しておきたいな、と……

科学的に証明できないものを「事実だ」「いや、気のせいだ」と論じることに意味はありません。
それが本当かどうかはあまり重要ではなく、それを体験した(あるいは体験したと感じている)人が、その不思議を心の中でどう位置付け、どんな小箱に仕舞うのか。そこに興味があるからです。

私には、2年前に生活の中で抱えてしまった「事案」がありましたので、目撃された青い袖の娘をそれに絡めてファンタジー化しました。
おそらく、事実のみを書いた場合より、「青い袖」は、私の心の「真」に近いと思っています。
すべて、この世は心の在りようの問題ですので……


「青い袖」は2.12コミティア119で初売り。
1冊300円となります。
なお、表紙絵は、青い袖の娘を目撃した本人に依頼し、当時の印象をそのまま描いてもらいました。


2017-02-04(Sat)

弁天さまと御朱印巡り 第12回「大安楽寺」(東京都)

江戸時代、東京の小伝馬町には刑場がありました。
明治初期、この刑場は市ヶ谷に移りましたが、その跡地は処刑場であったことが忌み嫌われ、荒れ果てたままだったそうです。



大僧正山科俊海は、ここに火の玉が飛ぶのを目撃し、慰霊のためお寺を建てました。
新高野山大安楽寺です。



さて、大安楽寺のご本尊は十一面観音像ですが、他に延命地蔵、弁財天も祀っています。



弁財天は、かつて江の島にあった北条政子由来の3体の内のひとつ。
他の2体は江の島神社と、その参道にある旅館「岩本楼」にあります。
大安楽寺の弁財天像は、明治の神仏分離の際に難を逃れて上京しましたが、当時の持ち主が海外に売り払おうとしたところ病に倒れ、家族からも死人が出たことから、大安楽寺に納めたのだと、東京名所図会に記載があるそうです。



何だか恐ろしげな話ではあります。
でも、宝来文庫にとって、江の島の弁天さまは特別な存在。
江の島3姉妹のうちの1体が、東京にいて拝めるのですから、これほど有難いことはありません。
お堂に向かって手を合わせます。薄暗い厨子の中から、弁天さまの鋭い眼光だけがしっかりとこちらを見据えていました。
とても強くて、頼もしい感じの弁天さま。
これは自分の思い込みかもしれませんが、「ああ、間違いなく江の島の弁天さまだ」と感じることが出来ました。
これからは、たびたび来させてもらおう、そう決めて、お寺を後にしたのです。



弁天さまの横には、お使いの蛇も祀られています。
撫でると、厄払いになるのだとか。



本日の弁才天巡礼は、小伝馬町の刑場跡に祀られる、江の島からやってきた弁天さまです。
(そういえば、絵師の嵐山晶さんが拙著「東京弁天」の成功祈願にお参りしてくれたのも大安楽寺でした。きっと、ご縁があるお寺なのでしょう)

ところで、こんなエピソードをひとつ。
いつもの通り、お参りの後、寺務所で御朱印を頂いたのですが、何だか後半が右に寄ってますよね。
後でネットで調べてみると、ここの御朱印は本来、「江戸八臂弁財天」と書かれるみたいです。
なのに、宝来文庫が頂いたのは、「江戸八臂辯才天女」。
あれ? 
御朱印の文面って、そう変わるものなのでしょうか。
たしかに、自分としては「弁財天」より「弁才天」、ただの「天」より「天女」の呼び方が圧倒的に好きなのですが、私の心を読んで書いて下さった訳でもないでしょうし…… 
あと、「女」の字が増えた分、右に寄れてしまったのか?


大安楽寺では御朱印と一緒に御姿もいただけます。
この御姿も写真に収めたのですが、なぜかアップロードしようとするとおかしな黒い線が入って失敗するので、これは公開するなということかと思い、断念しました。

2017-01-22(Sun)

第1回文学フリマ京都、終了しました!

第1回文学フリマ京都、終了しました!

さて、去年の大阪に続く2回目の遠征。大阪では苦戦を強いられましたので、今回は出発前に神頼み。
会場である「みやこめっせ」のすぐそば、平安神宮にお参りしてからの会場入りです。





みやこめっせです。
今回の頒布のイチオシ作品は、ウチの看板「東京弁天」。
そもそも仏神ファンタジーですから、京都で頒布することには、とても意味があります。




でも、やはり苦戦しましたねぇ。
大阪よりは頒布数、若干多めではありましたが……
こういうとき、顔見知りの方と出くわすと、何だか援軍が来てくれたような気分になります。
いつもブースに来てくれる男性が、ウチが出展していることを知らずに通りかかって、お互いに「ええっ、京都まで来てるんですか!?」。
彼、曰く「あー、他にも弁天さんやってるとこあるんだ……と思いましたよ」とのことでした。
いえいえ、弁天さまはウチの登録商標です(ウソ)。




サークル「ぶれーめん」のみおさんからは、こんな差し入れもいただきました。





今回、嬉しかったのは、仏教の女神が好きという男性が「東京弁天」を買って下さり、ブースで弁天談義が出来たこと。
何せネタがネタですから、同志の方と出会えるのはメチャ嬉しいです!!
まあ、頒布数はアレですけど、どの娘も、結構良いトコに嫁いでいけたみたいなので作者としては嬉しいです。




会場を出たら、おお、虹が……
しかも虹の足元ですよ。
これを弁天さまの祝福だと信じ、東京行きの新幹線に乗ったのでした。






(おまけ)

平安神宮の神苑です。
これは素晴らしいですね。
次は、ちゃんと花の季節に行きたいです。





2017-01-21(Sat)

弁天さまと御朱印巡り 第11回「青龍妙音弁財天」(京都府)

第1回文学フリマ京都に参加するため、約17年ぶりの京都旅行です。



何より拙著「東京弁天」を頒布する訳ですから、まずはこの地の弁天さまへのご挨拶は欠かせません。



京都にも有名な弁天さまは幾つかありますが……



宝来文庫が訪れたのは、鴨川デルタを臨む、出町枡形商店街の近くに住んでおられる弁天さま。
清水寺や金閣寺と違い、ガイドブックには載っていない、〈地元〉のお寺さんです。
ところで、出町枡形商店街の近くと云えば、「ん? 聞き覚えのある地名」と思う方もおられるかもしれませんね。
そうです。京都アニメーションのTVアニメ「たまこまーけっと」のモデルになった所です。
じつは、宝来文庫は「東京弁天」のアヤメさまシリーズの執筆初期、まだ頭の中でビジュアル・イメージが定まっていなかったアヤメさまを、「たまこまーけっと」のヒロインたまこの絵柄で仮置きして執筆を進めました(ちょうど、たまこも中学生の女の子という設定だったので)。



「アヤメさま、宝船に乗る」の初稿完成が平成25年の1月。「たまこまーけっと」の放送が25年1~3月ですから、正式に絵師さんに依頼してアヤメさまのビジュアルをフィックスさせる5月までの間、とりあえず、アヤメさまはたまこの顔とスタイルをイメージしていたのです。
まあ、そんなご縁もあって、京都に来たらこの出町の弁天さまには「お世話になりました」とお礼を云わなくては…… と考えていたところでした。



青龍妙音弁財天です。
お寺さんですが、なぜか鳥居が……

ご本尊は、鎌倉後期に西園寺安寧子が後伏見天皇に嫁ぐ際に念持仏として持参した「青龍妙音弁財天」(絹本着色絵)を本尊としているそうです。面白いことに、このお寺の境内には豊川稲荷があり、荼枳尼天さまも祀られています。
弁天さまと荼枳尼天さまの混合というのは、たしかに歴史上あったようですが、その場合の弁天さまは宇賀弁才天というイメージがあります。いわゆる琵琶持ちの妙音弁財天さまと荼枳尼天さまというのは面白い組み合わせだと思いました。
(この辺については興味のあるところですが、資料を持ち合わせておりません。何かご存知の方がおられたら、ぜひ、情報をお寄せ下さい)



本堂のうしろには六角堂というのがあります。
ここは時計まわりに齢の数だけ回ってお参りすると願いが叶うということですが、齢の数……
若い頃ならともかく…… ねえ(笑)
寺務所でお話を伺うと、別に齢の数でなくても21回と半回転でいい。それが正式だということなので、21回と半分回ってお参りしました。
弁天さまの御利益がいただけますように。



本堂の周りには、白蛇の絵がいっぱい。
で、お参りを終えて御朱印を頂く際、置いてあったおみくじに目が止まりました。
京都で一番キツイおみくじと書かれています。
どういうことですか、と質問すると、とにかく「凶」がよく出るのだ、とのこと。いつだったか受験生が最後の神頼みに来たらしいのですが、4回引いて4回とも「凶」。みるみる悲壮な顔になる彼に、さすがにお寺の方も心配になって、おみくじを調べてもらったそうです。
すると、「凶」の割合は30%。まあ、約3分の1は「凶」のようですが、その割合以上に「凶」ばかり出るのだとか。
宝来文庫も挑戦してみることにしました。
なーに、他の人も「凶」なら、自分が「凶」でもそんなにダメージ、大きくないですからね。
結果、家人がお約束の「凶」をひき、宝来文庫は「大吉」でした。
お寺の方は家人に「すぐに枝にくくって、流してしまって」と云い、「私も?」と訊くと、「あなたは、そのおみくじをずっと大事に持っているといいでしょう」とのことでした。




寺務所で授与されていた「青龍妙音弁財天」の御姿カードを買いました。すぐに、宝来文庫がいつも持ち歩いている〈各地の弁天さま〉お守り入れに収めます。



本日の弁才天巡礼の旅は「青龍妙音弁財天」。
自分の創作活動にご縁のあった、京都の弁天さまです。
それもあっての「大吉」でしょうか?



ところで出町と云えば、この和菓子屋さんが有名ですよね。
前述の「たまこまーけっと」でも、このお店がヒロインの家として登場しました。



「名代 豆餅」を鴨川のほとりで頂きました。
とても美味です。





(おまけ)

さて、おまけです。
本命の出町弁天さまをお参りした後、いわゆる観光エリアに入りました。

三十三間堂にも、弁天さまがおられます。
しかも国宝です。
写真撮影できないので、パンフレットの写真です。



次は六波羅蜜寺。
ここには銭洗弁天さまと金色のインド風弁天(この方は弁天さまというよりサラスヴァティですよね?)が祀られています。
御朱印、頂けました。




六波羅蜜寺の近くに、こんなお店を見つけました。
「幽霊子育飴」。
あれ、このお話、知ってる。
この世に置いていった赤子のため、夜な夜な飴を買いに来る母親幽霊の切ないお話……
じつは、ここが元祖だったんですよね。



ひとつ、お土産に。
お店のビラも頂きました。



夜の祇園です。



舞妓さんが小物なんかを選びにくる創業百五十年の老舗「井澤屋」。
ここで買った財布です。たぶん、製造元は浅草の文庫屋大関ですね。
京都に来て東京産のおみやげというのもアレですが、中には、井澤屋の「百万両小判」が入っていました。



八坂神社です。




宗像三女神。
美の女神として祀られています。



弁天さまマニアとしては、ここまでを「弁天」カテゴリーに入れてしまっていいものか、迷うところです。
宝来文庫の基準は、神仏分離が完璧でなくて、イチキシマヒメと弁才天の両方の名で祀られている場合のみ、「セーフ!」(例:神戸生田神社、東京愛宕神社ほか)ということで……
八坂神社は守備範囲外と判定しました。



あと、細々と買ったおみやげ。
やはり、ありましたね。海洋堂のご当地ガチャ。
二回引いたら、清水寺と京都タワー、出ました。
あと、舞妓さん欲しい。



お香。
最近、執筆中によくお香をたいているので。



左の手ぬぐい、面白いでしょう?
新幹線で移動する舞妓さんたちの図柄、「おかえりやす」。京都駅限定です。




さて、遊んでばかりもいられません。
いよいよ明日は第1回文学フリマ京都です!



プロフィール

宝来

Author:宝来
大和かたるの同居猫
年齢 9歳
性格 へたれ、人見知り
職業 宝来文庫の看板息子

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